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stairwaytotheg:2019-07-24

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007 夏期講習いっぱつめ!

3日間日程のうち、写真は2日目いっぱいの進捗状況。大きなモチーフと大きな画面とで、鉛筆を走らせるスピードについて行く感覚がわからないまま時間が経ってしまった、という印象。

慣れもあるので、構図のことは置いておくとして、形の修正ができなかったのは残念だった。次への課題としてなるべく早く乗り越えてほしい。

人がものを見て形を認識する過程で、意識が集中する場所(人物の顔など)については、実際の光学的・視覚的サイズより大きく受け取ってしまうことがよくある。一種の錯覚だが、この錯覚をそのまま画面に落とすとその画面を見た第三者の視覚では同じ現象(錯覚)を起こせなくなるため、「形が狂っている」と認識されてしまう。表現者の視覚~認識過程で起こる錯覚と同類の減少を、観察者の視覚~認識過程でも発生させないといけない。手っ取り早い方法は、写真のように工学的相似形に描くこと。まずはその技術を磨くべし。

構図/石膏像を切る

石膏デッサンをする際、なるべく大きく構成するのが鉄則である。像を大きく描くことでより緻密に表現できるうえに、絵に存在感をもたせることができる。受験競争に於ける荒選り(あらより)選考で、ぱっとみで印象づけることがなにより大きな意味があるからです。

構図を大きくするのが鉄則ではあるが、乱暴に大きく構成してしまっては像の印象を決定づける大切な要素が画面から出てしまって本末転倒になってしまう。大切な要素を表現として十分に確立しつつ、切れるところは切り落として画面いっぱいに元気ハツラツ描き暴れる。これが受験生デッサンの健康な姿だと思う。

では、像の大切な要素とはなにか。像がその像たる構成要素は様々あるが、ひとつの基準として昔から云われ継がれる手法が「肉を切って骨を入れる」方法。胸像や首像などで、頭を切る際に、髪(冠やヘルメットは別)と皮膚(肉)はうすくカットし、骨だろうあたりは画面内に入れる、というもの。たとえば画面が箱だったとして、生身の頭をギュッと押し付けきった場所が、構図のベスポジ、というのことになる。ギュと押し付けきった場所より多く切ると、ゴツンとぶつかって箱が凹むことになるので、そのデッサンを見ると心理的に痛いと感じて不快なのである。

stairwaytotheg/2019-07-24.txt · 最終更新: 2019/07/30 15:30 by paya